2006年12月02日

環状5号線

道路の話をします。

環七、環八ってあるじゃないですか。
そこで疑問。7と8はあるのに1〜6はどこへ行ったのか?
そんなふうに思ったことはないですか?

え? ない?
あ、そうですか。すんません。

〜〜 糸冬 〜〜




…いやいやいや、せっかく調べたんだから書かせて下さいよ。


東京都都市計画道路、というものがあります。

この道路計画の原型は戦前(1927年/昭和2年)、拡大する東京都市圏に対応するため
立案された街路網計画に端を発します。
この計画のなかに、東京駅を中心とした半径4マイル以内に五つの環状道路、半径4〜10
マイルに1.5〜2マイル間隔で三つの環状道路を配置し、計八つの環状道路を建設する、
という環状線の建設計画が含まれていました。
そう、これが現在の環七、環八を含む環状線道路の元となった計画です。
が、この環状線計画は関東大震災からの復興が優先されたため、一つを除いて建設に
至らなかったと言われています。

ちなみに、予算だけが計上されていたのに殆ど手が付けれられていない点について、
地下のエキスパート((笑)某秋庭御大は、政府は地上ではなく地下に道を作っていたの
ではないかと勘繰ってるようですが。まあ、力の限りどうでもいいんですけど。

この計画が再度持ち出されたのは戦後。戦後復興の一環として、戦前の計画をそっくり
そのまま引き継ぐ形で環状線の整備が始まりました。
このとき、早期復興のため、道路周辺の区画整理状況等を鑑みて、作れるところから着手
するという手法が採られたのですが、予算の問題から計画の縮小、および部分的な建設
計画の凍結を余儀なくされます。
その結果、虫食いのような環状道路が残り、一部は現在に至るも建設が続いています。
環八なんかは見事に虫食い状態ですね。逆に環七は、計画通りに完全開通した戦後で
唯一の東京環状道路と言われています。

さて、ここで最初の疑問。
計画で八つあった環状道路。環七、環八以外はどうなったのか。

答え : 無いわけでもない(微妙)

一部未開通ですが、実は存在してるんです。あまり環状線とは知られてませんが。
環七、環八のように分かり易い名前でなく(一部では使われてますけど)、様々な名前の
道が環状線の一部もしくは全部として機能しているんですね。

各環状線に対応する現在の路線名は以下のとおり。


1号線(内堀通り・永代通り・日比谷通り・晴海通り)
2号線(外堀通り・マッカーサー道路・新大橋通り・東京都道483号有明線)
3号線(清澄通り・外苑東通り・環三通り・播磨坂桜並木(環三通り)・言問通り・水戸街道・
     三ツ目通り)
4号線(外苑西通り・環四通り・不忍通り・明治通り・丸八通り)
5号線(明治通り)
6号線(山手通り)
7号線(環七通り)
8号線(環八通り)

<『Wikipedia/環状線』の項目より>


こっちに住んでる方なら、割とよく聞く道路ばかりなのがお分かりいただけると思います。
が、繋げるとちゃんとした環状線になるわけではなく、途中で切れていたり、一本の道路と
呼ぶには一般的に言って無理がある繋がり方をしているなど、環状線と気付かれないのも
無理からぬ事と言えるでしょう。


相変わらず前置き&余談が無駄に長くてすんません。
今回は唯一戦前に建設された東京の環状線、5号線こと明治通りを走ってきました。

なんで明治通りかというと、距離的に手頃であることと、前に一部だけ走ったことがあって、
その先がどうなっているのかふと気になったから。まあ実はいつものように "何となく"

例によって自宅から大手町界隈までは通勤路と同じ、なんですが、アキバのヨドバシに
ヤボ用でちょっと寄り道。当然ですがWiiもPS3も売り切れでした。Ascii24にあるように売り
切れの張り紙で一番文字がでかいのは中国語。なんででしょうね '`,、('∀`) '`,、


皇居の桔梗門です。相変わらずお濠沿いには観光客とジョギングしてる人が。
リアキャリアに籠を付けたママチャリ(要するに買い物自転車仕様)で走ってる外国人が
いたんですけど、あれは一体なんだったんでしょう。レンタサイクルがあんなのなのか…?


桜田門の対面。都民の味方(笑)警視庁サマ。ああ、後光が射してるぜ…
桜田門は警視庁を指す隠語でもありますね。
右手奥には国会議事堂。


三宅坂交差点。国民の味方(笑)社民党サマ。ああ、後光が射してるぜ…
ここの垂れ幕はいつ見ても文句ばかりで、ビジョン皆無ですな。国会でも報道陣の前でも
そんな調子なんで当然っちゃ当然なんですが。
とりあえず彼らにはこの言葉を送りたい。 っ[責難は成事にあらず]


そのお向かいには妙な威圧感を放つ最高裁判所。相変わらずワケワカラン構造物です。
その筋では奇厳城とか奇岩城とか呼ばれてるとか。


三宅坂交差点の角には三宅坂小公園があります。一見、最高裁判所の一部のようですが
実は別の施設です。写真は平和の記念像。皇居側から最高裁判所を目指して歩いてきた
人が最初に目にするのが裸婦像、というのは如何なものかと思うのですが大きなお世話。


246号線に乗って赤坂/青山方面へ。ゲーマーの味方(笑)SCEサマ。ああ、後光が(ry
何も言わずに私にPS3を差し出しなさい。お金は払うから(弱


神宮外苑方面へ。銀杏並木の下を通り抜けます。
一面真っ黄色で、雪のように銀杏が散って幻想的。と、言いたいのですが人大杉。
両側の歩道に銀杏が植えられてるので、道路の真ん中が最高の撮影ポイントなのですが
普通に車が走ってる車道なんで命がけになるかと。それでも生存本能の薄い方が無茶を
なさるようで、車道に出て写真を撮らないで下さい!と係員(警官かも)が叫んでました。
普段は空いてるんでリアルGTゴッコができるんですけどね。


代々木付近の北参道交差点。ここを右折していよいよ明治通りに入ります。


新宿。あんまり新宿っぽさのない写真ですが、高島屋の足下から南口方面を見たところ。
この辺りから工事区域になっていて、歩道も車道も狭くて自転車が走る隙は殆どなし。
歩行者の後ろを超低速で付いていくか(時々想像もしない動きをしてビビらされますが)、
エンジン付きに煽られながら車道を走るかの二つに一つ。ちなみに今回は前者でした。


神田川です。
秋葉原辺りだとドブ川…もとい、水路のような神田川ですが、ここは水深が浅くて水底が
はっきりと見え、川の上流部か小川のような趣があります。まあ、水質はたぶんドブ川と
どっこいどっこいでしょうけど。

この先、目白近辺は上り坂がダラダラと続きます。
このカーブによって先の見通しが悪くなってるのですが、必死で登り切ってそのカーブを
曲がるとまた更に坂。心肺機能のヘタレた人間には地獄だぜフゥハハハハァー
ちなみになんで写真がないかというと、歩行者を避けて車道に行ったらバスに煽られて
それどころじゃなかったんですっ まさに地獄。


きたぜ池袋
ここには学校があったんで、ホームグラウンドのような親近感があります。長いこと来て
なかったんですが、今でもそんな感じがしますね。
いえ決して某ミュージカルのせいでは。


王子駅付近。奥にある森みたいなのは飛鳥山公園です。
手前に都電も見えますね。ここは都電が路面を走行する数少ないポイントのひとつ。

溝田橋交差点を左折して、尾久方面に。
ひたすらまっすぐ、アップダウンもなし、おまけに風景が単調で退屈気味になってきます。
ついでに書くネタもなくなってきました。


田端新町一丁目交差点。どこそれ?とは訊かないで下さい。俺も知らないんで(ぉ
気になったのは高架。自動車道にしては1車線にちょっと余るぐらいしかないし、電車だと
すると橋脚が貧弱すぎるし、やっぱり幅が足りない気がするし、何より架線がない。
何これ?と、思って調べたら、ゆりかもめのような新交通システムとのこと。名前はまんま
始点終点の日暮里・舎人線。こんなの作ってたんですねえ。噂すら聞きませんでしたが、
この2点を繋ぐ需要とかあるんでしょうか。よく知りませんが。

ひたすらまっすぐ。という事ばかり考えていて、気がつけば浅草にいた俺。
どう考えてもこんなとこ通る予定はないんですが…って、道、間違えてるじゃーん(泣)
というわけで2km往復で4kmのロス。つか、もっと早く気づけよ俺のバカ。


無事に明治通りに戻って、泪橋交差点です。ぶっちゃけただの交差点。
ちなみに、近くに泪橋という橋があるわけでもなければ、地名があるわけでもありません。
調べてみると、古い地図では今の明治通りに該当する部分に川が流れていたので、この
交差点には元々橋がかかっていて、それが泪橋だったのではないか。とのこと。
とすると、泪橋がなくなったのは遅くても昭和初期。ドヤ街ができたのは戦後ですから、
あしたのジョーの時代にはもう橋がなかった事になります。もっとも、当時の付近住民の
意識として、明治通りを挟んで「あっち」と「こっち」という認識はあったかもしれませんが。


白髭橋。化粧直し工事中です。
反対側の袂にはホームレスの住居が立ち並んでいました。まあ、ここだけでなく、隅田川
遊歩道のあちこちがホームレスの集落みたいになってますけどね。
毎年開催されている隅田川花火大会の折には、会場付近の遊歩道にお住まいの方は
都の職員によって締め出されてしまうとか。

見所もないので端折ります。


明治通りの終点、。夢の島交差点
写真は夢の島大橋からマリーナを臨んだところ。ドーム状の建物は熱帯植物園ですね。
道は交差点を越えて続きますが、明治通りはここの交差点付近で終わりです。


新木場駅で休憩。
で、なぜ新木場にトーテムポール?

ここに立てられたトーテム・ポールは、カナダのブリティッシュ・コロンビア州林産審議会
から江東区との友好親善と両国の木材産業発展のシンボルとして、1984年4月に
カナディアン・シーダー・クラブを通じて寄贈された3本のうちの1本で、他の2本は舟木橋
児童遊園、仙台堀川公園に立てられています。


だそうです。手前下の説明書きから抜粋。


はい、というわけでぶらり明治通り沿線の旅でした。

明治通りの反対側の始点は港区白金あたりから始まってるんですが、渋谷、原宿と
通っていくんでさすがに人が多すぎなんじゃないのかということでいつも新宿に行く経路で
代々木から乗りました。いずれ全線走ってみた…くはないですね、別に(ぉ


距離:54.49km  所要時間:約5.5時間

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この記事へのコメント
>環八なんかは見事に虫食い状態ですね。

2006/05/28に全線開通してるので、正確には過去形ですね。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2006/04/20g47200.htm
って事で、次のお題は環八で。
きっと、環八と中原街道が交差するあたりで握手ができます。
Posted by クラ at 2006年12月04日 02:06
2回も言わんでもT-T

ざっくり計測してみたら
自宅→羽田空港→(環八)→赤羽岩淵→自宅
で、83kmほど。

行けなくはない、行けなくはないけど…
Posted by AT&T at 2006年12月04日 16:38
書き込めてなかった感じだからもう1回書いたら、2重になっちゃったみたいです。
長いので中間の荻窪あたりで2回に分割ですかね。
私なら多分赤羽岩淵>荻窪で石神井や下北沢あたり見て帰還、2回目羽田>荻窪で自由が丘とか田園調布とかあたり見て帰還って感じにします。
Posted by クラ at 2006年12月09日 22:20